Now, we think

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                     K0ZUKA513 shop paper vol,17 /  october

       わたしみずからのなかでもいい 私の外のせかいでもいい
       どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
       それが敵であっても かまわない 
       及びがたくてもよい
       ただ 在るということが 分かりさえすれば
       ぁぁ ひさしくも これを追うに つかれたこころ
                        (八木重吉「うつくしいもの」)

この世で最も美しいメロディはなにか ひとそれぞれに好みはあるし 
多様なジャンルの中からこれと決めることも難しい
どんな心の状態で聴いているかによっても随分と違うのだろうなと思う
ある人はマーラーの「adagietto」だと言うし 
ある人はジャコとトゥーツの「Three Views of Secret」だと言う 
答えはどこにもない その人その時で違う
それでもやはり「ある」のだろう

「Londonderry Air (ロンドンデリーの歌)」も この世で最も美しい歌の一つだと思う
アイルランド民謡であり「Danny boy」としても知られる
映画「ナビィの恋」(1999年 中江裕司 監督)でのそれは 大太鼓とオルガン・サックスの素朴な島人バンドの伴奏山里勇吉の島唄独特の節回しの歌 際立って美しい

この世で最も美しいメロディ この世で最も美しい絵画 この世で最も美しい風景
それはどれなのか どこにあるのか 結論が出るものではないことは分かっている
それでも この世で最も美しい何かを求め続けることは 人の生きる喜びなのだと思う











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                   KOZUKA513 shop paper vol,16 / september

「祭」は俳句の世界では夏の季語
春や秋の祭りはそれぞれき「春祭」「秋祭」のように季節を書き記すことがきまりらしい
昔から夏は疫病が発生しやすく それをもたらす元凶は怨霊だと信じられていた
それを鎮めたり祓ったりするために行ったのが夏祭りの始まりだという
遠い昔の人々の災厄を鎮めたという 切実な願いや祈りが今は実感としてわかる
皮肉なことにその災厄のために 夏祭りが中止や規模縮小に追い込まれている
大山地区の祭礼も 例年ならば各地区の神輿が集結し大山不動尊の急な石段を登る
それは迫力のある盛大なものなのだ

8月8日土曜日 祭礼の代わりに金束睦会主催の金束納涼花火が打ち上げられた
間近で上がる花火の迫力と美しさ 打ち上げ前後の笛・太鼓のお囃子の清々しさ
お囃子の調子に合わせて太鼓や笛の様子をまねる子供たちの愛らしさ
本来の祭りに比べれば質素なものだろうけれど
これまでに見たどの祭りよりも 花火も人も美しかった
本祭が中止に追い込まれたことの無念 でもそれに負けていられるかと言う心意気
金束の花火は災厄で疲弊した心に染み入るものだった

秋は収穫の祭りだ
南房総では8月の終わりには稲穂が金色に色づき 刈られた稲が稲架にかけられている

稲株が整然と並ぶ田んぼの風景は 終わりではあるけれどまた次の始まりを待つ静けさ
10月の大山千枚田の収穫祭も今年は中止 ライトアップするだけになるけれど
今年も 今年だからこそ 心の底から収穫を祝いたいと思う
長夜を鳴き通す虫の声と美しい星空 季節はいつの間にか秋

 

 

 

 

       

 

 

 

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                  KOZUKA513 shop paper vol,15 / august


「かもめ食堂」という映画があった 2006年公開 荻上直子監督  群ようこ原作
ヘルシンキで日本食の食堂を営む日本人女性(小林聡美)のお話
北欧らしい街並みの風景や かもめ食堂の清楚な佇まいがいい
地元の人にはなかなか受け入れられなかった日本食の食堂
地元食材のザリガニやトナカイの肉でおにぎりを試作するくだりや
シナモンロールの匂いに誘われて店に入ったご婦人たちが常連になるエピソード
どことなく滑稽で それでいて「食堂」というもののありようを妙に考えさせられる

フードコーディネーター飯島奈美による 料理の姿かたちが素晴らしい
結局のところ鮭や梅干しやおかかに落ち着いたおにぎりの それはそれは端正な姿
真っ白なプレートにさりげなく乗せられた 例えば焼き網で丁寧に焼かれた鮭だったり
揚げたてをさくっと切り分けられたトンカツだったり
おいしそうな料理の姿かたちは国や文化を超えて 人の心に響いてくる
そんな力があるんだなぁと思う

どこか心の隅に「かもめ食堂」が原点としてある
高級食材や高価な調味料 高度な技法を使った料理ではないけれど
美味しいと思う材料を美味しいと思う味付けで調理し さりげなくでもできる限り
彩や盛り付け方を考えて そんな食事に魅せられて 自分たちも作りたかったのだ
生きることは食べることだ
贅を尽くした一品でも 塩鮭の切り身を丁寧に焼いただけのものでも
日々の一食一食が その一皿が心までも豊かにするものであったらいいなと思う

長かった梅雨もようやく明けて アブラゼミ ミンミンゼミ ヒグラシの鳴く夏本番

 

 

 

 

 

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                    KOZUKA513 shop paper vol,14 / july

昔むかしあるグループは「旅人はつぶやく 人生は旅」と歌った
「船乗りは教える 人生は海」だというし 「人生はたった一度だけのドラマ」だという
人生をどうとらえるかは人それぞれだろうし 旅だ海だといわれてもピンとこないけど
旅をすることは大好きだしいろんな旅をしてきた

ミュージカルを観るためだけにロンドンやニューヨークに行った
波乗りするなら行っておかなければとハワイやバリに行った
気が置けない仲間とひたすら飲んで食べる台湾やベトナムの旅をした
京都や出雲を1人で巡ったこともある
旅の目的は様々だけれど どの旅でも必ず宿と現地での食事はついてくる
海外旅行や有名観光地ならばそれなりのホテルや宿に泊まるし食事も豪華
それはそれでもちろん旅の大きな思い出になっている
でもそれとは別に 小さな宿や思いがけない食事が後々まで心に残ることがある 
波乗り旅で使った外房の民宿 今はもうない駅近くのビジネスホテル 
開店していると思って入ったら家族が食事中で それでもおいしいスンドゥブの朝食を食べさせてくれた韓国の街はずれの食堂
旅のさなか毎日のように通ったロンドンのイングリッシュブレックファースト
台湾でようやく探し当てて入った食堂の鶏肉飯と小皿料理の数々
旅の面白みはたぶん綺麗にパックされた旅のホテルや食事の中よりも
ちょっと迷いほんの少し冒険し自分で探り当てたものの中にあるような気がしてくる

生きることが いつも決められたレール通りではなく
迷子になったり冒険を試みたりした先に面白みがあるのだとしたら
やっぱり人生は旅に少し似ているのかもしれない

 

 

 

 

 

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                    KOZUKA513 shop paper vol,13 / june

草刈りの季節が来た
5月の下旬に刈ったはずの駐車スペースの横の草地は
雨の日晴れの日 また雨の日また晴れの日 繰り返しの中で力強く生い茂っている
作業ズボンと長靴を着け 首にはタオル 頭には麦わら帽子 刈り払い機を回す
たいした広さではないとはいえ 10分20分で終わる面積でもない
刈り始めると途端に汗が流れ いつ終わるのかと気が遠くなる

エンデは 清掃夫ペッポにこう語らせる
「なぁ、モモ、とっても長い道路をうけもつことがあるんだ。
おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが
いつ見ても 残りの道路はちっとも減っていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。
心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて動けなくなってしまう。
道路はまだ残っているのにな。こういうやり方は、いかんのだ。」
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?次の一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ
つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつも ただ次のことだけをな。」(部分引用「 Momo 」Michael Ende)

物語は 時間の節約・効率化だけが正しいとされる社会に警鐘を鳴らす
都会での日々の時間に追われた生活の中で何度も物語を読み返した
「つぎの一歩」「つぎのひと呼吸」いつもただつぎのことだけを考えることを忘れ
時間を無駄にしていないか もっと効率よく時間を使えないかと 焦る自分がいた

5月に植えられた稲はたくましく育ち 梅の実は実り 柿は小さな実をつけている
人の時間軸とは別の 自然の大きな時間軸に癒される

 

 

 

 

 

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                   KOZUKA513 shop paper vol,12 / may

今年も田に早苗が植えられた

去年の稲刈りを終えて静かに休んでいた田は
起こされ 人手であるいは機械できれいに畦を塗られ 水が張られ
代かきを終えた後には細々と頼りなく見える苗が一面に植えられた 
(心配になって苗を多めに植えると「厚い!病気になる!」と怒られる)

稲が育って青々とした田や 金色に実った稲穂が垂れる田も それは美しいけれど
苗を植えられたばかりの水を満々とたたえた田が青空を映す景色
一番美しいと密かに思う

あれほど台風で被害を受けたのに 思いもかけなかった大災厄に見舞われているのに
今年も田には苗が植えられ やがてはたくさんのたくさんの米が実るのだろう
その営み それを支える人々の力のすごさを 今年ほど感じることはない

大災厄が終息した後 これまでとは違った世の中になると人々はいう でも
先人の知恵や努力で繰り返されてきた営みは そう簡単には変わらないのだと思う
本当かどうかわからない情報に日々翻弄されてしまっているけれど
これまでと変わらない田の風景の確かな美しさは 自分を安心させてくれる

何を大切に生きるのか
大震災や台風被災の時のように自分たちはまたも問いかけられている
本当に大切なものを見誤らないように 答えを探さなければ・・・
今朝 家の前で偶然見つけた四つ葉のクローバーを手に 考えてみる

 

 

 

 

 

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                                     KOZUKA513 shop paper vol,11 / april

3月末から4月初め 年度が替わるとき
学年が終わり新しい学年が始まる 学校を卒業する 進学しあるいは社会に出る
退職者や異動者と別れ 新入社員や異動者と出会う
自らが新しい世界に踏み出したりもする
緊張と寂しさと でもどこか胸が躍るような そんな季節だったはず

それが今年は一変した 新型コロナウィルス

1月 隣国で新感染症が発生 日本に寄港したクルーズ船での大量発症
そして国内でも感染が拡大し続けた
2月 内閣総理大臣の全国一律休校の要請
イベントや会合の自粛も要請された
3月 東京オリンピック2020は1年程の延期が決定し 
大都市圏では週末の移動の制限が要請され 会合や花見も自粛が呼びかけられた
世界を見渡せば アジア圏での拡大が主と思われた新感染症は
ヨーロッパ各国やアメリカ合衆国でも拡大の一途をたどった・・パンデミック
歴史の中やノンフィクションでしか目にしなかったことが現実になった

政府や関係機関の対策の是非をうんぬんする立場にないし 徒な批評・批判をすることは
厳に慎みたいと思うから 何の主張ももち合わせていないけれど
ただひたすら祈る
一刻も早く新感染症の拡大に終止符が打たれますように
日本でも全世界でもこれ以上の犠牲者を出さず
過去のことと 安堵できる日が来ますように

 

 

 

 

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                    KOZUKA513 shop paper vol,10 / march

「歩かなくなったなぁ」とふと思う
考えてみれば都会で勤め人をしていた頃の方が歩いていた
最寄りの駅まで歩き 乗り換え駅で歩き 駅から職場まで歩く
都内出張とかあれば職場から駅まで 駅から出張先まで歩く
仕事の帰りには途中駅で降りてショッピングのために街を歩き回る
そして最寄り駅から自宅まで歩く
自宅から駅まで 駅から職場までそれぞれ歩いて15分位の距離があったから 1日にそれなりの距離を歩いていたのだと思う
今はコンビニに行くのでもスーパーに行くのでもすぐに車を使う
共同経営者のKは 看板犬「開」の散歩で毎朝毎夕歩いている 発見があるという
散歩のついでにフキノトウを摘んできたり SNS映えする風景写真を撮ってきたり

探せばいい散策コースがたくさんありそうな気がする
ひたすら田んぼの畦道を歩く
田植後の青空を映す田 青から黄色に色づく稲穂 はざ掛けされた稲と残った株
そんな季節の移り変わりを感じるのはおもしろそうだ
里山の小道を選んで歩く 枝分かれした小さな道をあえてたどってみる
思わぬところに小さなお地蔵さまがあったり 美しい畑や素敵な家に出会ったり
実はお店の裏にもあったのだ 大きな杉の木の間を通り丁寧に手入れされた花畑や野
菜畑を眺めながら歩く小道 台風で大変な被害を受けてしまったけれど
低山歩きをする
おにぎりと飲み物とちょっとしたおやつを入れたリュックサックを背負って
山から里 尾根からまた山と時間をかけてゆっくり歩く

今年は歩こう お気に入りのコースをマップにしよう そんなことを考える春

 

 

 

 

 

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                     KOZUKA513 shop paper vol,9 / february

花に心を動かされることなんて 昔はなかった
その季節になればその季節の花が咲く 取り立てて騒ぐこともない

ある日いつものように最寄りの駅からとぼとぼ歩き職場の玄関にさしかかったとき
その香りに気づいた 植え込みの中に沈丁花の花が咲いていた
初めて咲いたわけはない その前年もまたその前年も咲いていたはず
不意に涙がこぼれた
疲れていたのかもしれない もうすぐその職場を去る感傷だったのかもしれない
初めて沈丁花の香りを知ったように心がとらわれた

初めて気づく
今年は台風のせいか暖冬のせいか花芽の伸びがもうひとつ元気がないけれど
長狭街道沿いのあちらこちらで見られる水仙の群生
一面の菜の花 やがて桜が加茂川沿いに咲き 庭に見つけた紫木蓮もまた咲くだろう
季節が廻れば 夏の盛りの百日紅や秋の田の畔の彼岸花にまた会える
知っていたのに知らなかった花 いまだ名前を知らない花
季節は繰り返し花々は当たり前のように咲く
そのことが尊い

4大香木をKOZUKA513にそろえるのが夢
一昨年植えた金木犀は秋に小さな金色の花を咲かせあっという間に散ったけれど
「ああ 金木犀がある」という喜びを味わわせてくれた
沈丁花は春の開花に向けて花芽を大きくしている
果たせていないのは冬の蝋梅 夏の山梔子
四季それぞれの香木の香りを楽しみながら暮らす なんて贅沢なのだろう


 

 

 

 

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                                                                 KOZUKA513 shop paper vol,8 / january 


令和2年1月1日  令和に入って初めての元日
あたりまえだけど 令和元年に元日はない
同じように 昭和元年にも平成元年にも元日はなかった 
昭和元年は 1926年の12月25日に始まり 平成元年は1989年1月8日に始まった
ついでに調べたら明治は (西暦)10月23日に、大正は7月30日に始まっている
「○○元年1月1日」ってないんだなぁとなんとなく思う 
  ※なお、奈良時代の「天応元年1月1日」が唯一元日の改元とされる こりはユリウス暦781年1月30日
   また、明治は詔書により「慶応4年を改めて明治元年と為す」と定められたので 遡って(旧暦)元年1月1日が存在することになる
なにはともあれ 令和になって初めてのお正月を迎えた
新年あけましておめでとうございます

正月の原風景
子供だった頃 親の実家に親戚中が集まり臼と杵で餅をついた あれは年末だったか
初詣は市街地の大きな神社だったり 家の近くの古い小さな神社だったり
あの頃は年末からは近所の店もスーパーもデパートもみな閉まっていて
それはそれは静かな正月だったような気がする 
静かだけれど 餅つきやお年始の挨拶でいとこやいろいろな人と会う機会があり
なんだかとても温かかった
次の正月は(気が早いけれど)KOZUKA513でも 餅つきをしたり人が集ったり

さて 2020年 閏年
いよいよ東京オリンピックの開催される年です

 

 

 

 

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                   KOZUKA513 shop paper vol,7 / december

鴨川で2度目の冬が来る
去年は金束の近くに家を借りて仮住まいをしていた
窓からの冷気を防ぐために防寒シートを貼ったり 一斗缶で焚き火をしたり
古民家に残されていた灯油ストーブがありがたかった
瞬間湯沸かし器はなく お風呂の湯沸かし器も壊れていたからお風呂に入れないと覚悟した日々がしばらく続いた
(屋外に湯沸かし器があってお風呂にお湯が溜められることはあとで知った) 鴨川の初めての冬は寒かった

だけどやっぱり南房総の冬はこれまで経験した冬とは違っていた
11月 古民家の周りには水仙が咲きだした
12月 金束から程近い佐久間ダム親水公園では 盛大に水仙祭りが行われていた
冬にこんなに花が咲くなんて
そういえば「南房総では2月はもう春」と聞かされてはいた 房総フラワーラインに様々な花が咲き始める2月
東北や北海道では2月は極寒ですよ・・・・

「冬来りなば春遠からじ」
まで何か相当な覚悟というか悲壮感さえ漂わせて冬を迎えてきた
南房総では何か違うような気がしている
寒い冬は来るのだけれど もしかしたら今年も少しは雪が降るのかもしれないけれど 南房総の冬と春は なんだか斑模様のような境目が曖昧な そんな気がしている

でもやっぱり寒いものは寒いTOYOTOMIのストーブで温めるに越した事は無い

 

 

 

 

 

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                                                                   KOZUKA513 shop paper vol,6 / november 
今年も柿の実が実った
古民家の前に1本 裏の庭にも3本 柿の木がある
台風や大雨の影響で大きな枝が折れ 今年は少ないような気もするけれど それでも食べ切れないぐらいの実がついている
どうやって使おうか・・とりあえず柿のジャムは作ってみた このままヒヨドリがつつき 蜂や蝶が蜜を吸うのもいいけど
やがて腐って落ちてしまうのはね

「自給自足」という言葉に憧れる気持ちがある 必要なものは全てスーパーやコンビニで買う 面倒なら何もせずに誰かが調理してくれたものを食べる 衣類や道具だって便利でおしゃれなものを対価を払って手に入れる そんな生活を長いこと続けてきたから今更完全自給自足の生活を試みるほど自分はタフじゃない 
それでも
自然が恵んでくれているものを上手に生活の中で生かしてみたいし できる範囲でいいから自分が食べるものや使うものを自分の手で作ってみたい 
古い道具や身の回りにある素材を使って生活しているって なんだかかっこいい

ここでの暮らしを始めてから
筍や蕗を採ったり小さな畑で野菜を育てたり 自分で集めた素材を料理して食べた
竹を切り出して物干し竿にしたり生け垣を作ったりしてみた
まだまだ小さなことばかりだけど そんな生活をもっともっと楽しんでいけたらいい

 

 

 

 

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               KOZUKA513 shop paper vol,5 / octorber

令和元年9月8日夜半から次第に風が強まり、9日未明には めちゃくちゃな暴風になった
「めちゃくちゃ」というのが誇張でも何でもないそのものの台風
悪意に満ちた何かが建物をわしづかみにして地面からひきはがそうとでもしているような揺れ
普段絶対に耳にしない何かが裂けるような音 ぶつかり折れる音

夜が明けると辺りは様相が一変していた
大きな木の枝や竹が折れてそこら中に散乱し 電話線が切断されて垂れ下がり 見慣れないトタンや何かが飛んできていた
そしてその日から10日間に及ぶ停電が始まった

幸い建物に大きな被害はなく水道とガスと食糧はあったから すぐに生きていくのに困るようなことはなかったけれど
充電がなくなり 通信は途絶え 冷蔵・冷凍したものはつぎつぎとダメになっていき 高速道路は封鎖され それどころかあちらこちらで生活道路が寸断され コンビニも商店も営業を停止し 冷たい飲み物も温かいシャワーもない日・・

そんな中で
営業している遠くの店で買ってきた氷を分けてくださる人 LEDランタンを貸してくださる人 
飲料水のペットボトルを差し入れてくださる人 電源を快く貸してくれた公民館の人
無料で温かいお風呂を提供してくれた青少年センター 復旧作業にあたるたくさんの人々

「生かされた」という思い
大きな災害の後 まだまだ大変なことが多いかもしれないけれど 一歩一歩だな! 

 

 

 

 

 

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                    KOZUKA513 shop paper vol.4 / september

店の中ではジャズが流れている
ときどきボサノバ
その日そのときの気分に合った音楽を流す。気持ちのよい音楽の中で一日を過ごす これもやりたかったことの一つ

店を閉めて音楽を止めると いろいろな音が聞こえる
蝉の聲、鳥の聲、様々な虫の聲
木の葉の音、竹と竹とがぶつかる音、風が生み出す音
長狭街道を走る車やバイクの音
はるか上空を飛ぶ飛行機の音

真夜中に一人で古民家にいる 聞こえてくるのは虫の聲、まれに通る車の音、あとは静寂
「星の聲が聞こえる」って、誰が言ったんだっけ?
世界には気づいていないたくさんの音があるのかもしれない
看板犬「開」はそんな音を聞いているのかもしれない

 

 

 

 

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                    KOZUKA513 shop paper vol.3 / august

古民家ということ

昔あるテレビドラマで、都会の女性が移住を夢見て鎌倉のカフェを訪れ、「古民家っていいですよねぇ。」と言ったら、「古民家じゃなくて、住んでいるうちに古くなっただけですよ。」と返されていた。なるほどね と思う。

古民家の定義は分からないけれど、自分の父親の実家もそれそは立派な茅葺、土間、厩付きの古い農家で、子供の頃訪ねていくのがちょっぴり怖くもあり(外トイレだったし)、楽しみでもあった。

KOZUKA513はかなりの改築を余儀なくされたけれど、最小限手をかけた空間というにはかなりモダンなデザインを加えてはいるけれど 多くが空き家になってしまっている「いえ」の存在を哀しく思いつつ 自分たちなりのひとつの「古民家」再生のカタチだと思っ
ている。

 

 

 

 

 

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                                                                  KOZUKA513 shop paper vol.2 /july
KOZUKA513という空間

一人でぼんやりカウンターの窓越しに緑を眺めながらコーヒーを飲む
仲間でテーブルを囲み、ご飯を食べる
ゆったりとした場所で 1時間でも2時間でもおしゃべりをする
他にお客様がいなければ ごろりと横になる
縁側に腰かけて じっくり本を読む
グループで打ち合わせをする 趣味の仲間が集まる
              楽しみ方 いろいろ 使い方 いろいろ







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                   KOZUKA513 shop paper vol .1/ june

KOZUKA513。2019年6月にオープン。
田園と緑豊かな山に囲まれた、鴨川市金束。
その金束の、築年数100年を超える古民家を改装した、カフェ&農家民宿。
大山不動尊や大山千枚田にほど近く、長狭街道に面している。

ゆっくり流れる時間の中でコーヒーを味わう、里山の空気を感じながら地元食材を使って料理をし、古民家の趣のある
空間で安らぐ、時には、季節ならではの体験をしてみる。田植えや稲刈り、畑仕事、竹の子を堀る、近くを散策して花や木の枝を摘む、思いっきり焚火する・・・
「ちょっとだけ、日常を離れて楽しみたい。」
そんなひと時と空間を、ここKOZUKA513で味わってもらえたら、と心から思う。